1988年春〜現在「ピアノ教室」

1988年春、長男が6才の時、二世帯住居に同居していた義母・末永冨貴子先生(1994年2月没・元武蔵野音大バイオリン教授)の勧めで、自宅にピアノ教室をオープンしました。
生徒は隣家の幼稚園児1名(女子)と長男と次男(5才)の3名。5月、義母の音楽教室発表会(信濃町健保会館)に誘っていただき、小さな生徒たちは習いたてのピアノ曲を各自演奏しました。私は義母のバイオリン教室のピアノ伴奏や教師演奏枠でクラシックピアノの名曲も弾きました。
その後、次男は兄に対抗してメキメキ上達。その様子を児童館のこどもサークル(幼稚園入園前の次男と三男が参加)で見たママ友達が感動して噂が広まり、長男の幼稚園卒園を機に彼らの幼稚園同期達がたくさん来て、一挙に生徒が増えました。
当時の自宅は、1階のグランドピアノのある広い部屋が義母のバイオリン教室や自己弦楽四重奏団練習室、2階のアップライトピアノがある居間が私の幼児リトミックやピアノ教室(午前中は芸能事務所のボイストレーニング教室としても活用)と、毎日が賑やかな教室展開でした。
義母逝去後、発表会の会場を地域内に移し等々力駅前の玉川区民会館で、その後1996年(平成8年)から新しく出来た玉川区民会館別館上用賀アートホールで、私の教室生徒さんだけのピアノ発表会を継続していました。
一時期、この教室に45名前後の生徒さんが在籍していた時期があり1990年代は習い事としてのピアノ、人気がありました。
一部写真を紹介します。